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SARUYAとBEEK
やまなしの人や暮らしを伝えるフリーマガジンBEEK編集長の土屋です。
最新号のIssue04号の誌面では、SARUYAの連載も始まりました。今日は、BEEK×SARUYAブログを誌面連動で始めようと思ったきっかけを記してみようと思います。

SARUYAの店主、赤松君とはじめて出会ったのはBEEK創刊号の「わたしの仕事」の特集で、いろいろな職種の人のスナップを撮る企画。新聞記事で地域おこし協力隊として活動している赤松君と齋藤さんの記事をみつけて、その活動もそうなんですが赤松君の風貌を写真で見て、ビビビと感じるものがあってすぐにメールを送りました。まだBEEKも出してない得体のしれない僕からの問い合わせにも快く応えてくれて、すぐに会いに行きました。そのときの取材の写真がこちら。

 


うん、2人とも1年半前くらいなのに今よりすごく初々しい! 赤松君は当時はまだ大学も卒業していなかったもんね。
その後ハモニカ横丁が完成して富士吉田で交流の場が生まれ、毎年行われるようになったげんき祭りには元気な人が県内外からこれでもかというくらい集まるように。2年連続参加していますが、赤松くんの得意技「人たらし」のスキルが存分に発揮されているんだと思います。
自分の住む街や人にしっかり向き合って、それをアウトプットまで持っていくことはなかなかできることではないです。世代をまたいだ全方位型の関係性を作るのは本当に地道な作業の繰り返しだと思います。挨拶とか掃除とか飲み会とか細かいことの集積が結果、あいつのためならなんかやってやろうということに繋がっていくことも多々あると僕も実感しています。
街やカルチャー、女の子の話をしても、10歳は僕と歳が離れているのに世代ギャップを感じないのが不思議なところ。金太郎のコスプレは山梨一だと思います。(赤松君のFacebookのプロフィールの金太郎写真も僕が撮っています。金太郎専属カメラマン。)

地域おこし協力隊としての最後の年、赤松君が宿を作ると聞いたとき、それは今までの彼の日常の先に、もう何年も前から用意されていた答えのような気がしました。もちろんただの宿になるとも思わないし、彼が言う街に対しての新陳代謝がどういう変化を人や街に促すのかが気になってしょうがない。その始まりは知らない間に起こって、いつのまにか何かが少しずつ変わっていくかもしれません。
SARUYAがオープンした富士吉田と、SARUYAができていなかった場合の富士吉田の差異は、街の規模や経済的視点とかで考えたら大きなことではないのかもしれないけれど、街をどう捉えるか、もっとマクロな視点で長いスパンで見たら、小さなビッグバンが連続して起こって、新しい宇宙が出来るみたいなことになっていくかもしれません。
その始まりの記録をすることは仕事そっちのけでも誰かがやらねば、ということは僕がやらねばと思ってブログと誌面でその“欠片”を集めたいと思ってやっています。でも僕も赤松君も仕事そっちのけできなくて、ブログの更新も遅くてすいません。。。。

SARUYAは7月上旬オープンを目指しています。次号のBEEKが出る頃はSARUYAの運営が始まっていて、なにかの欠片を誌面でお伝えできると思います。オープンまでブログも更新頻度あげていきますので気にして見てもらえたら嬉しいです。
BEEK土屋でした。
(改装前の写真です。今はいい感じで宿が仕上がってきていますので)
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